2010 / 11
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やっと眠りから目覚め始めている今日この頃
ずっと離れていた音楽にまた心が奪われはじめています

ようつべ見たりCD借りたり
運よくBON JOVIのライブ生配信なんてこともあって
どんどん心が動いているんだわさ~
そこへアマライブへの参戦も可能になっちゃって、もうワクワクモード♪

で、ギターを弾きたくてムズムズしてきたよ
しかし・・・・
一年以上ほとんどサボったおかげでもう何にも弾けない(泣)
年取ってから覚えたことって忘れるのは早い・・・
また一からだし・・・
でも少しずつ弾いて楽しんでいこうと思ってるよ

だから・・・・もっともっと刺激が欲しい~~(爆)

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青いレクイエム

それは夢のようにまるで嘘のように
残酷な朝はすべてを奪い去った

やがて海の底につめたく沈むように
息絶えた月は静かに消えていった

一滴のメロディーをオルゴールは繰り返す
掌に零れゆく調べ

暖めて欲しいと誰に言えばいい
凍えた身体を抱きしめて欲しいと
どんなに願っても祈っても叶わない
この愛はもう

一片の優しさを砂時計は落としてく
涙さえ凍りつく場所へ

行かないでほしいと素直に言えたら
溢れる想いをただそばにいたいと
心が叫んでも嘆いても届かない
この声はもう
還らないこの愛はもう

とってもとっても大事な人が亡くなってしまいました

今日はそのヒトのお通夜です
焼酎の好きなヒトだったので一緒に飲んでお別れ中です

酔っぱらいのたわごとと聞き流して下さい


彼とは三年近くのメールだけの付き合いでした
でも
男と女を超えた魂のお付き合いだったと感じてます

おはようからお休みまで毎日のようにメールを交わし、様々なこと、深刻な悩みから日常のたわいない会話をしてました

お互いに
辛かった時
うれしかった時
一緒に泣いてくれました
一緒に喜んでくれました


どん底から救いあげてもらうこともしばしば

大好きでした



いつも自分よりヒトの事を心配してくれて
でも
悩みも打ち明けてくれて

彼はアタシの日常でした

息をするのと同じ…



ソウルメイト

言葉で現したらそんな感じかな
綺麗すぎるかな
格好よすぎるかな
彼は照れて笑うでしょう

でも
大袈裟じゃないんです

太くなったり細くなったりしながらもずっと、ずっと繋がっていれる間柄

そう信じられる確信がありました




この夏
アタシが体調をくずした時も親身になって心配して励ましてくれて甘えさせてもくれました

でも
実は彼も体調を崩していたのです
春先からしばしば不調を訴えていました
でも建業農家であるために稲刈りが終わるまでは、と言う思いが強かったのでしょう

籾摺りも終わり病院に行きました
その待合時間にもメールをくれました

「今 受付でしばりょうたろうって名前が呼ばれた~w」
なんてホントにたわいもない会話

それが途切れて診察の順序が回ってきたんだなって思ってました

その三日後
彼からのメール
「あれから即入院で 今ベットの上で~す(笑)」
明るく軽く始まったメールでしたが、やり取りしていくうちに段々不安がつのります
「あまりよくないみたい」
「しかも、治らないんだな^コレがw」
「今はそれしか言えない・・・」
「本当のことを知りたい?」

もちろん知りたいと答えました

数年前にアタシが親友の大病、入院を教えてもらえなかったことにかなり落ち込んだ事も彼は知っています
慰め、励まし、
でも、もし自分がその親友の立場ならやっぱり言わない、心配をかけたくないからと言っていた彼・・・
アタシは「絶対に内緒にしてほしくない!裏切られたと感じちゃうから・・・」
そして約束させました
もし、万が一そんなことが起きたら、必ず知らせてくれるようにと・・・
彼の信念を曲げさせるような我がままです



でも彼は約束を守ってくれました


泣かないという約束で教えてもらいました

肝臓が癌で、肺も半分しか機能していない、余命は半年もないと
そんな状態で仕事をこなしていたのです
悲しさ通り越して呆れた・・・
すぐさま酸素吸入しなければいけない状態で稲刈りしてたんです

そして静かでした
すべてをあるがまま受け入れて

実際は現実の悔しさ、心配ごと、やりきれなさ、山ほどの感情があったでしょう
彼の愛した娘さんや田んぼ受け継ぐ人も決まっていない状態なんですから・・・





アタシはといえば一気にショックを与えないように気遣ってくれたおかげでその場は持ちこたえられました
泣かないという約束をせめて彼の前だけでも守りたい
アタシに出来ることは心配させないこと
どうすれば安らいだ気持ちになってもらえるかということ

彼の誠意に報いるにはそれしかないです


それからも変わらずのメールの日々
日常のことや病気の状態、隠すこともなくあるがまま

数日で彼は手術や手当てらしいこともなく退院しました
それから毎日、毎日のメールが宝物です
死ぬほど怖かったのは、いつか突然メールが来なくなること
毎日毎日メールを送っても返事が来ない
でも彼の状況を知る術がないことです
でも考えても仕方ないそう言い聞かせてました

半年・・・
早まる可能性はあっても今すぐではない

そう思ってました

退院して2週間
咳がひどくて苦しい中からメールをくれました

アタシが面接が決まったと報告すると喜んで励ましてくれて
「ダメでも次があるくらいの気持ちでいくんだよ~」
そう言ってくれたのが最後になりました

その夜
彼の夢を見ました
看病してる夢でした
その夢でお墓が出てきました
でも不吉な感じ、怖い感じは微塵もなくて
安らかな優しい雰囲気に包まれてました
夢でも朝起きた時も彼に会えてよかった・・・
としか思ってませんでした





次の日いつもどおりのメールに返事がなくて・・・

気にしてませんでした
ウツウツと寝てることも多かった彼ですから
そのうち返事がくるだろうって思ってました

そして次の日




彼の友達から訃報が届きました

油断してただけに「不意打ち」で現実を受け入れられない状態です

最後のメールからわずか数時間
救急車で運ばれたのですが彼は永眠してしまいました




ただ嘆いて
嘆いて



結局一度も実際に顔を見ることは叶いませんでした

せめて最後のお別れにお花を贈りたい
でもご遺族にとってみれば単なるメル友です

直接連絡を取ってみましたが
ご好意はありがたいのですが・・・・
と丁重に辞退されてしまいました


深く沈んでいると
感じたことのない耳鳴りが始まりました
「もしかして様子を見に来てくれたのかも・・・」
でもそんなのは自己満足の気のせいに違いない
そう思っていると一度止んだ耳鳴りが再び起こりました
「やっぱりそうなの?」と思うと鳴り続けてる耳鳴りの間隔が短くなっていきました
きっとそうなんでしょう
泣かれるのは大嫌いだった人だから・・・


友人にそのことを話すと素敵なアドバイスをいただきました
「自宅にお花を飾ってお別れしたら」

無気力だったアタシですがその言葉に光が見えました

偶然見つけた素敵なお花屋さんで小さなアレンジをお願いして
彼の大好きだった焼酎とキャンドルを一緒に置きました


そして
乾杯です
彼との会話が思い出されます
涙がでるけど悲しみの涙ばかりじゃありません
彼と出会えて魂のつながりを感じた事に感謝です

風はないのにキャンドルがゆらめきます



明日の出棺時にも手を合わせてお見送りします
伝えきれなかった「ありがとう」を贈ります





huck

Author:huck
カラオケが好きで
BON JOVIに出会って
BON JOVIが好きで
ギターに恋してる日々

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